椿喰い



私の家には椿があって、いつも小鬼がいたのです。
小鬼というよりもむしろ餓鬼でしょうか。 ひどく膨れた腹に枯れ木のような手足を持って、 目だけがぎょろりと大きいのですから。 それに、いつもいつもひどく餓えた様子で椿の花を喰らうのです。
ええ、椿の花を。
椿は散る時ぽとりと首ごともげるでしょう。 その落ちた椿を拾っては一心不乱に喰らうのです。 小鬼は手のひらほどの大きさしかないですから。 こう、両手で花を抱えてね。 わき目も振らずに噛り付いていたのです。
怖くなかったかって?
怖くなんてなかったですよ。だって椿を喰らうこと以外何もしないのだから。 ただ、不思議ではありましたがね。それにも直に慣れましたし。 当時まだ子供だったので、順応力があったのでしょう。

あの家ですか?
ああ、越してきたのは私が十かそこらの頃です。 いろいろ事情がありましてね。ええ。 お恥ずかしい話ですが、 私の親父が愛人と逃げまして。 俗に言うところの駆け落ちをしたんですよ。 それで元いた場所に居づらくなったんです。 世間の人は口さがないですからね。 私の母なんか後ろ指さされて、つらくて逃げて来たんでしょう。
小鬼をはじめて見たのは、その引っ越した日の晩なのです。 夜に手洗いに起きまして。 ふと窓から覗くと椿の根元で何かが動いているんです。 よっく見ると鬼のような餓鬼のようなものが、 椿を喰らっているでしょう。 驚きましてね。それで、急いで部屋に戻って母を起こしたんです。 椿の根元に小鬼がいるよ、って。 母は寝ぼけたんだろうとはじめ取り合わなかったんですが、 あんまり私が騒ぐんで一緒に椿を見に行ったんです。
椿の所へ行くとね、やっぱりいたんですよ。小鬼が。 それで、私はあれだと指さしたんですが、 母は怪訝そうな顔をしましてね。お前、あそこには何にもいないじゃないか、って。 どうも母には見えてなかったようです。 それで、結局私が寝ぼけているんだということになってしまったわけなんですが。
あれは断じて夢なんかじゃなかったです。
だってね。それから後も夜中手洗いに行くと、必ずあれを見ましたから。
それはもう、何回も何回も。
一度きりなら夢だとも思えましょうが、ああ何回も見てしまうとねえ。

あの、小鬼がいた椿の根元ね。
もしかしたら何か埋まっているんじゃないかと思って、 一度掘ってみたことがあるんです。 いやに鮮やかで赤い椿でしたからねえ。 ひょっとしたら、死体の血でも吸い上げているのかと。 ほら、言うでしょう。桜の木の下には死体が埋まっている、って。 もっとも、いくら掘っても何も出てきやしませんでしたが。
ああ、いや。
死体は出ませんでしたが。 一つ櫛は出てきたんです。朱塗りのね、綺麗な櫛でしたよ。 よく、若い女の人が髪に挿しているようなやつで。 そんなに古いものではなかったようですが。まあ、何となく気になってね。 机の引き出しにしまっておいたんです。
そんなことがあったんで、興奮してたんでしょうかねえ。 その夜変な夢を見たんですよ。
とても怖い夢だったので、今でもよっく覚えています。

私はね、一人で真っ暗闇の中にいるんです。
暫くのうちは何処とも知れぬ場所で、立ち竦んでいたわけなんですが。 そのうちこう、ぼおっと光が見えてきたんで、そっちの方に歩いていったんですよ。
そうしたらねえ、なんとそこには鬼がいるじゃありませんか。
そう、鬼ですよ。 長い髪を振り乱した女の鬼で、鮮やかな赤い櫛を挿しているんです。
ええ、ちょうど私が昼間拾ったような赤い櫛を。
鬼は両手で何かを抱え持って、それを喰らっているようでした。
後姿しか見えなかったので、よく分からなかったのですけれど。 しゃくしゃくとものを噛む音が聞こえてくるし、足元に真っ赤なものが飛び散っているしで。
きっと椿を喰らっているんだと思ったんです。ちょうどあの小鬼みたいに。 それで、もうちょっと寄って見てみようと思ったら、足元で小石が鳴ってしまって。
鬼が振り返ったのです。

鬼は首を喰らっておりましたよ。
血まみれの女の首を胸の辺りに抱えて持って、 がつごつと噛り付いていたのです。
足元に散っていたのは首から落ちた鮮血でした。
そしてね、鬼の顔がねえ。 私の母親だったのですよ。
口から真っ赤な血を垂らして、目ばかりがぎょろりと大きくて。 それはもう怖かった。
身の毛がよだつほど怖かった。
・・・・・・だけど。だけどね。

あさましい。
私は心底そう思いました。

***

ああ、もうこんな時間ですか。
これはつまらぬお話を長々としてしまいまして。
え?小鬼?
今でも小鬼はいるかって?
今ではもういませんよ。 いつごろからか見かけなくなったのです。
・・・・・・小鬼の正体だなんて、私には思いつきもいたしませんよ。
もう外は暗いのです。どうか気をつけてお帰りなさい。

それではあなた、ごきげんよう。

2004.1.1

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